exceeding thousand nights ・50



   夜が訪れた街で、家々に灯りが次々とともってゆく───。
   その中から住人のいない家をトォニィが見つけて、ブルーたち三人はそこで小休止をとった。
   リビングと思われる一室には家具も何もなく、三人は床に腰を下ろした。
   シャングリラから持ってきた携帯用の食事をとり、空腹をかろうじて誤魔化した。
   けれどブルーだけはそれにまったく手をつけなかった。
   膝を両手で抱えて、力なく床に座り込んだままだった。
  「食べろよ、ブルー」
  「僕は……いいよ。トォニィとアルテラで食べて」
   トォニィに勧められても、ブルーは食事をしようとはせず、それどころか二人に自分の分を差し出してきた。
   ブルーの差し出すそれを、トォニィはやんわりと押し返した。
  「いいから、一口だけでも食べろよ」
  「…………」
   ブルーは食欲は全くなかったのだが、仕方なくのろのろとした動作で一口だけ口に入れた。
   その途端、自分が空腹だったことを意識はしたが、ブルーには続けて食べる気力がわいてこなかった。
   トォニィもそれ以上は無理に勧めなかった。そしてさすがに疲れたのか、自分の分の食事を終えると床に横になった。
   アルテラもトォニィの横に座り込んだままだった。
   発見されてはいけないため、灯りはつけられない。
   窓からかすかに差し込んでくる街灯の明りだけを頼りに、三人は無言で時を過ごした。
   しばらくそうして過ごした後、アルテラがぽつりと口を開いた。
  「これから、どうするの……?」
   けれどアルテラの質問に、トォニィとブルーのどちらからも返事はなかった。
   もとよりアタラクシアのどこにも、三人の───ミュウの居場所などないのだ。
   もしもブルーの両親が新しい子供を迎えていなくても、その前に顔を出せる訳もない。
   それを分かってシャングリラを飛び出したはずなのに、三人は途方に暮れてしまった。
   そしていつまでもここにこうしていられる訳もなかった。
   ブルーが口を開いた。
  「……トォニィとアルテラはシャングリラに帰りなよ」
  「!」
  「ブルー?」
   その一言に驚いてトォニィは床から身を起こし、アルテラが問い返してきた。
  「ブルーは帰らないの?」
  「僕は……」
   言葉は途切れた。
   ブルーにだってもう、行く宛などどこにもない。どうすればいいかも分からない。
   けれどシャングリラにはシンがいる。
   このままシャングリラに戻るという事は、自分がソルジャー・ブルーであると認めるようなものだ。
  「……帰れないよ」
   ブルーはぽつりとつぶやいた。
  「ブルー……」
  「…………」
   アルテラが気遣わしそうにブルーを見つめた。トォニィは押し黙ったままだった。
   そんな二人にブルーは敢えて明るく声をかけた。
  「二人だけならテレポートだってもっと楽だろうし、それにソルジャーが気づく前に帰ったら、怒られないだろうし───」
  「グラン・パは気がついているよ」
  「え?」
   驚くブルーに、トォニィは言った。
  「僕たちがシャングリラを出たこと、グラン・パは知っているよ」
  「そう……」
   シンはとうに知っていたのだ。
   驚くと同時にブルーは納得もした。
   気づかれていないと思っていたのはブルーだけだったのだ。
   確かにシンはシャングリラごとミュウを守っているのだから、気づかない筈がなかった。
   再び元気をなくすブルーを見て、トォニィはシンの言葉を思い出していた。
   守れと。
   シャングリラを出る前に、シンはトォニィだけに、ブルーを守れと思念波で伝えてきた。
   それをブルーに教えようかトォニィは迷った。
   けれどきっとブルーはシンの事には触れたくないだろうと思い、敢えてそれは伝えずにおいた。
   アルテラはしばらく押し黙っていたが、考えた末にブルーに切り出した。
  「ブルー……」
  「なに?」
   ブルーが視線を向けると、アルテラはひどく思いつめた表情をしていた。
  「ブルー、まだ怒ってる……?」
  「アルテラ……」
   アルテラはトォニィから、どうしてブルーが部屋に閉じこもってしまったのかをすでに聞いていた。
   ソルジャー・ブルーの存在にブルーが苦しんでいることも。
   アルテラはブルーに向かって頭を下げた。
  「ごめんなさい。私もソルジャー・ブルーの事は聞いていたの。でも黙っていなさいってママに言われて……」
  「……うん」
   ソルジャー・ブルーの存在はブルーにとっては未だショックではあったが、アルテラを責める気にはならなかった。
   ぎこちなくだけれど、ブルーは微笑んでアルテラに言った。
  「いいよ、もう」
   気まずそうに頭を下げていたアルテラだったが、ブルーの言葉に驚いたように顔を上げた。
  「……ミュウの皆が悪気があってそう思っていたんじゃないって事は、僕にも分かってるんだ……。きっとソルジャー・ブルー
  っていう存在がどうしても必要だったからなんだと思う」
   ミュウにとって、そして何よりもシンにとって必要だったのだ。
  「でも、僕は……」
   ブルーは言葉を途切れさせた。
   理解はできても、それはブルーにはどうしても認められない事だった。
   自分で自分を否定するようなものだからだ。
   そんなブルーにアルテラは言った。
  「でも……私にとって、ブルーはブルーよ」
  「……!」
   トォニィが言ってくれたのと同じ事を、アルテラもまたブルーに告げた。
   アルテラは真っ直ぐにブルーを見つめてきた。
  「ブルーは友達だもの。……だから一緒にシャングリラに帰ろうよ」
  「え……」
   返答に詰まるブルーに、アルテラは言葉を重ねた。
  「皆がブルーに何か言ってきたら、私たちが守ってあげる。ね、トォニィ」
  「ああ。僕らに敵う奴なんかいないさ」
   アルテラの言葉に、トォニィも不敵に笑って相槌をうった。
  「アルテラ……、トォニィ……」
   ブルーは驚いた。
   思いがけずに温かい言葉をアルテラからもらって、涙が出そうだった。
   トォニィだけでなくアルテラも、ブルーを友達だと思ってくれているからこそ、アタラクシアまでついて来てくれたのだ。
   自分を信じてくれる人がいるという事は、なんて心強い事なのだろうかとブルーは思った。
  「……僕───」
   ブルーが返事をしようとしたその瞬間、窓の外に光が走った。
  「!?」
   驚いた三人が外を見ると、閃光が夜空を切り裂いていた。
   そして、地平の彼方で光が爆発した───。




ついに50の大台にのってしまいました。
こないだまでは55話で終わると思っていたんですが、もはや何話で終わるのか自分でもよく分からなくなってきました。
まあ書き続ければいつかはたどり着くはず……(^^;)

シンは出てきませんが、でも子ブルとトォニィたちのやりとりは書いてて楽しいですv
愛情もいいけど友情もいい。
登場人物がシンと子ブルだけだったら、きっともっと話も短くなってたんでしょうけどね(^^;)


2009.6.27





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