exceeding thousand nights ・54
アルテメシアの空を引き裂く光がまた走った。
超高々度から、二機の衛星からの攻撃が同時にシャングリラに降り注いだ。
それは単純に計算しても今までよりも2倍の威力を持っていた。
「く……!!」
降り注ぐ凄まじい質量のビーム。
その攻撃もシンはサイオンシールドで防いだ。
地上にいたブルーも、トォニィとアルテラの作ってくれたシールドのお蔭で無事だった。
けれど拡散したビームを受けた荒野の惨状は凄まじく、地平まで続いていたなだらかな大地の面影はもうどこにも見当たら
なかった。
『ビーム防ぎました! ですがソルジャー・シンのサイオン値、低下しています!』
「消耗戦だ……」
オペレーターの報告に、ハーレイが苦渋に満ちたつぶやきをこぼした。
シンの力でシャングリラは無事だが、それがいつまで保つのか。
船内に満ちていた恐怖と不安が、ブリッジさえもじわじわと侵食し始めていた。
時を同じくしたシャングリラの船外───荒野でもブルーたちが不安を抱えていた。
激しい攻撃を受けながらもかろうじて無事なシャングリラの船体を、ブルーは不安そうに見上げるしかなかった。
「パパ……ママ……!」
隣ではアルテラが、涙のにじんだ瞳でシャングリラを見つめていた。
トォニィは無言だったが、その目には明らかに焦りと苛立ちがあった。
シャングリラの家族を案じる二人をブルーはしばらく見つめていた。
そんな二人に、意を決してブルーは言った。
「僕は大丈夫だから、二人とも行って……!」
先ほどのシン思念波はブルーには届いていなかった。
けれどブルーの存在がトォニィとアルテラをこの場に縛り付けているという事に、ブルー自身がとっくに気づいていた。
けれどそんな風に守ってもらう価値など、ブルーにはない。
子供たちを死なせて、シャングリラを窮地に陥れた。そして、シンの求めるような存在でもない。
二人を戦いの場に押し出す事に、ブルーはためらいもした。
けれどどうせ守るのなら、二人にはブルーではなくシャングリラを守ってほしかった。
「このままじゃシャングリラが危ない! だから早く───」
促すブルーに、けれどトォニィは首を横に振った。
「ダメだよ」
ブルーには話さなかったが、シンの命令は絶対だ。
それに先ほどはシャングリラを守ることで頭が一杯になった二人だったが、シンの命令に我に返った部分もあった。
「私たちが行ったら、ブルーも無事じゃすまないわ」
アルテラもその場を動こうとはしなかった。
シャングリラにいる家族も大切だったが、友達のブルーも大切だった。
ブルーを連れたままでは戦えない。
かといって荒野に一人、置いていける訳がなかった。
「だったらトォニィだけでも……!」
「ダメだよ、行けない」
「でも……!!」
拒否されて、それでもこのままでいいとは思えなくて、ブルーは考えを巡らせた。
「……だったらシャングリラが逃げればいい。アルテメシアから離れて地球に出発すれば……!」
シャングリラはそのための準備を整えていた筈だった。
「行ける訳ないだろう」
ブルーの言葉を、トォニィが即座に否定した。
「どうして?」
「僕たちは地球の座標を知らないんだ。それに……」
一瞬トォニィは言い淀んだが、そのまま続けた。
トォニィ自身は信じていない事であったが、それがシンの考えであると思ったから、ありのままをブルーに話した。
「僕たちが……ううん、ブルーが船に乗ってないんだ。グラン・パが離れる訳がない」
「僕……?」
シンはやはりブルーがソルジャー・ブルーの生まれ変わりだと信じ続けているのだろうか。
ブルーはまたシャングリラを見上げた。
戦闘は継続中だった。
シンがたった一人で戦い続けていた。
シンのシールドがシャングリラを守ってはいたが、巨大な船体を包み込み続けるだけでも相当の力が必要な筈だった。
その上であのビーム攻撃から守りぬいているのだから、その負担は計り知れなかった。
「どうして……」
ふと、ブルーは疑問を持った。
「……どうしてソルジャーは、シャングリラを守るの……?」
ブルーのつぶやきに、怒ったようにトォニィが言い返した。
「そんなの、ソルジャーなんだから当たり前だろ!」
「でも……」
シンはミュウを憎んでいると言ったのに。
憎んでいる筈のミュウたちを、そうまでしてどうして守るのか。
けれどとてもそれを言えずに、ブルーは口を噤んだ。
腑に落ちないという顔をしたままのブルーに、トォニィが強い口調で言った。
「シャングリラもミュウの皆も、ソルジャー・ブルーが命がけで守ったものだろ?」
「うん……」
「だったらそれを、グラン・パが守らない訳がないじゃないか!」
「……!」
トォニィの言葉に、ようやくシンが戦う理由がブルーにも分かった。
シャングリラもミュウたちも、ソルジャー・ブルーが大切にし、守り抜いたものだから───だからシンは守っているのだ。
憎みながらも、やはり愛しているのだ。
「それならなおさら、シャングリラは逃げ───」
ブルーがそう言いかけた時だった。
シャングリラのブリッジに、更なる緊張が走った。
『衛星軌道兵器に高エネルギー反応確認! 四機すべてです!!』
「ソルジャー!!」
ブリッジでオペレーターが、そしてハーレイが叫んだ。
それとほぼ同時に空から、今度は四機すべての衛星からの攻撃が降り注いだ。
降り注ぐそのあまりの膨大なエネルギーに、世界は光で満たされたかのようだった。
激しい衝撃がシャングリラの巨体を揺るがした。
「くぅ……っ!!」
シンも必死でシールドを強化した。
けれど襲いかかるビームのエネルギー量は今までの比ではなく、ついにシールドの一部が破れ、シャングリラの船体の一部
を掠めた。
船体の一部が破損し、爆発した。
シャングリラの航行に支障を来たす程度ではなかったが、爆発したブロックは見る影もなく焼きつくされた。
そしてその被害は地上へも及んだ。
拡散した大量のビームが、轟音と衝撃を伴い荒野を砕いた。
「きゃあ!!」
「…………!!」
「アルテラ! ブルー!」
ビームの威力を受けた荒野は破壊され、砕けた大地ごとブルーたちも吹っ飛ばされた。
「!」
「トォニ……!」
トォニィに肩を掴まれたのを感じたのを最後に、ブルーは意識を失った───。
「……う……ん……」
辺りに濛々と土煙が立ち込める中、ブルーは意識を取り戻した。
『……僕……生きて……る……?』
倒れ伏していたひび割れた大地から、ブルーはゆっくりと身を起こした。
身体のあちこちが痛みはしたが、大きな怪我は幸い負わなかったようだった。
ブルーは辺りを見回した。
平地だった荒野は場所によっては岩が隆起し、深い谷が生まれ───すっかりその面影を変えていた。
時間の感覚がなく、どれだけの時間が経ったのか分からなかったが、そう長時間は経ってはいないように思われた。
空を見上げれば、そこにはシャングリラの姿があった。
船体のそこかしこが傷つき、一部からは大きな煙が上がっていたが、その姿にブルーは安堵した。
そしてブルーから5メートルほど離れた場所には、トォニィとアルテラがそれぞれ倒れていた。
「トォニィ……! アルテラ……!」
ブルーはふらつきながら、二人の元に駆け寄った。
アルテラも、そしてトォニィも意識を失って倒れていた。
アルテラには怪我はないようだったが、トォニィは右腕に怪我をしていた。
おそらく爆発の衝撃で飛んできた岩で、裂傷を負ったのだろう。その傷からは赤い血が流れ出していた。
トォニィがシールドを張ってくれたために、ブルーは無傷だった。
「トォニィ、しっかり……!」
ブルーはともかくトォニィを助けなければと思い、その肩に触れた。
その時───接触テレパスで、ブルーの心に流れ込んできた声があった。
『ブルーを守れ』
それはシンの声だった。。
トォニィたちに与えられたシンからの命令だった。
「ソルジャー……?」
シンがそんな事を言っていたなど、ブルーはちっとも知らなかった。
『ブルーを守れ』
それはブルー自身の事なのか。
それともソルジャー・ブルーを守れという事なのか。
シンの真意はブルーには分からなかった。
嬉しくもあり、悲しくもあり───そして悔しくもあった。
守られているばかりの自分をブルーは歯がゆく思った。
『僕にも皆が守れたら……!』
胸の奥が熱く、痛んだ。
同じ時、シャングリラの甲板上にいるシンは、ついに片膝をついた。
「…………っ」
爆発と爆風を浴びて、その身体はあちこち傷を負っていた。
度重なる攻撃からシャングリラを守ってはいたが、シールドの強度も段々と薄れていっていた。
ブルーが気を失っていた間も、衛星軌道兵器からの攻撃は続いていた。
シンは度重なるをそれを防ぎ続けてはいたが、それも最早限界に近かった。
タイプ・ブルーとはいえど、その力は無限ではないのだ。
『ソルジャー・シンのサイオン値、急速に低下しています! ……高エネルギー確認! 次の攻撃が来ます!!』
ミュウを殲滅させるまで止まる事のない兵器が、再びシャングリラに牙を剥こうとしていた。
ミュウたちはとうに戦意を失っていた。
シン自身の力も限界が近かった。
今度攻撃を加えられたら、おそらく無事では済まないだろう。
けれどこのシャングリラは、ミュウたちはどうあっても守り抜くつもりだった。
『ブルー……!』
シンは胸の内で、大切な名前を一言だけ呼んだ。
もう一度だけでも、会いたかったと思った。
そのシンの強い思念波は、ブルーに届いた。
「……ソルジャー……!?」
ブルーはシャングリラを見上げた。
ブルーから見えるのはシャングリラの白い船体だけで、シンの姿は直接見えなかった。
けれど確かにシンの存在を感じ、そしてシンの覚悟をもブルーは知った。
『ソルジャー、やめて下さい! 逃げて下さい!』
ブルーは必死に呼びかけた。
けれどシンからの返答はなかった。
シンの思念波は受け取れても、ブルーのまだ微弱な思念波はシンには届かなかった。
「ソルジャー!!」
声など届く筈もないのに、ブルーは必死で叫んだ。
また、胸の奥が痛んだ。
そして───鼓動とともに「声」が響いた。
───また、間違うのか。
───また失うのか。
───死なせない。
───守ってみせる。
───そして今度こそ君を……!
「───!!」
ブルーの中で何かが弾けて───そして共鳴した。
その瞬間、アタラクシアの荒野からブルーの姿がかき消えた。
そしてアルテメシアの衛星軌道上にあった四機の衛星が、次々と爆発していった。
その時起こった出来事を、正確に把握できた者は当初いなかった。
今まさにシャングリラを撃ち落とそうとしていた衛星が四機とも、突然爆発したのだ。
空の彼方で次々と光が弾け、そして火球と化して墜ちて行った。
『───衛星軌道兵器、四機とも爆発。消失確認しました……』
レーダーで確認できた事実を、オペレーターは信じられない思いで口にしていた。
シンも何が起こったか分からずに、空を仰いだ。
死さえも覚悟していたのに、突然の僥倖にただ呆然とするばかりだった。
ミュウたちがサイオンキャノンを撃った訳でもない。
戦えるのはシン一人しかいなかったのに、いったい何が衛星軌道兵器を破壊したのか。
そんな疑問に答えるかのように、オペレーターが再び口を開いた。
『降下してくる強いサイオン反応あり。……これは、タイプ・ブルーです!』
その報告にブリッジのハーレイたちはもちろん、シンも驚いた。
タイプ・ブルーのミュウはシンと四人の子供たちしかいなかったが、全員がシャングリラと荒野にいた筈だった。
そしてしばらくして、ようやくそれが誰なのかシンは知った。
見上げる空に小さく浮かぶ影───シンの目が捉えたもの。
「あれは……」
その姿が信じられずに、シンは傷ついた身体のまま立ち上がった。
青いサイオンを纏い、遠い空からゆっくりと降下してくる一人のミュウ。
それはブルーだった。
確かにブルーの姿だった。
そして天上から降りてくる彼は、銀髪に紅い瞳をしていた───。
長かった〜……。
ようやく子ブル(ブルー)の覚醒までたどり着きました。
私の悪い癖で、書きたいシーンに差し掛かると気負いすぎて筆がやたらと鈍るんですが、ようやく書けました。
とはいえまだ筆が鈍りそうなシーンが2〜3あるんですけどね(^^;)
戦闘シーンはもう、どうぞ皆さんの脳内で補完をよろしくお願いします。
次回はシンと子ブルの再会です。
2009.9.15
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