exceeding thousand nights ・55



   衛星軌道兵器を破壊されたアタラクシア守備隊は、直ちに爆撃機をすべて撤退させた。
   衛星軌道兵器のビーム砲でシャングリラを撃ち落とせないのであれば、どれだけ戦力をつぎ込もうと無為に終わるのは目に見え
  ていた。
   そして戦闘は、ミュウが人類の攻撃を退けた形でようやく終わった。
   衛星軌道兵器を破壊したブルーは、シャングリラに辿り着いたと同時にそのまま気を失ってしまった。
   トォニィとアルテラも戦闘終了後に、すぐに船内に収容、保護された。
   三人とも、大勢の怪我人でごった返すメディカル・ルームに収容された。
   シンの命令の元、思念波をまとめたシャングリラはようやくステルス・デバイスを復活させ、アルテメシアの深い雲海の中にそ
  の巨体を潜めた。
   人類の攻撃を退けたとはいえ、ミュウが負った痛手は大きかった。
   約200人ものミュウが死傷し、生き残ったミュウたちも心に深いショックを受けた。
   地中の隠れ家も失ってしまった。
   それでもシンの指示で、シャングリラはすぐに船体の復旧作業に取り掛かった。
   船体の至る所を損傷したシャングリラには、早急な修理が必要だった。
   ブルーの事は気にはなっていたが、ソルジャーであるシンにはメディカル・ルームを訪れる時間はなかった。
   ドクターからの連絡で、ブルーには極度の疲労がみられるが命に別条はなく、順調に回復しつつあるとの事。
   トォニィの怪我もひどいものではなく、手当を終えてすぐにアルテラと共に親元に戻ったとの事だった。


   慌ただしい状態のまま過ぎた三日後の夜───。
   青の間に戻ったシンを、追うように訪ねてきた者がいた。
   入って来た人の気配に振り向けば、青の間の入り口に立っていたのはブルーだった。
   体力も回復し、今日メディカル・ルームから自室に戻った事はシンも知ってはいたが、まさかブルーの方から青の間を訪ねてくる
  とは思ってもいなかった。
  「……ブルー……?」
   その姿にシンは目を疑った。
   ブルーの髪と瞳は、衛星軌道兵器を破壊した時には確かに銀髪と紅い瞳に変化していた。
   それが今は金髪と青い瞳に戻っていた。
   いったいどういった事なのか。
   戸惑う気持ちのまま、シンは動けなかった。けれどブルーの方から歩み寄って来た。
   そして青の間の中央で、二人は相対した。
   シンはブルーの髪に指で触れようとして───やめた。
   先日のように怯えさせてはいけないと思ったからだ。
  「……体調はもう、いいのかい?」
  「───」
   シンはブルーに呼びかけたが、ブルーからの返事はなかった。
   ブルーは静かな眼差しで、ただシンを見つめてきた。
   その青い瞳は穏やかな色で、かつてのようにシンに怯えた様子はどこにもなかった。
   あの時、ソルジャー・ブルーが目覚めたのだとシンは思っていたのだが、目の前にいるのははたしてどちらのブルーなのか。
   再びシンが口を開こうとした時、ブルーがつぶやいた。
  「……ジョミー……」
  
  ・  ・  ・
  「ブルー……!?」
   シンは驚いた。
   それはシンのファーストネームだ。シンをその名で呼ぶのは───。
   ブルーは微笑んだまま、シンを見つめ続けていた。
   それにシンは確信した。
   やはり彼は覚醒していたのだ。
  「ソルジャー・ブルー……!!」
   たまらずシンは目の前の身体を抱き締めた。
   強く、強く───抱き締められたブルーが息苦しさを感じるほど、その抱擁は強かった。
  「逢いたかった……!」
   シンが待っていたのはソルジャー・ブルーとの再会。
   彼が死んで、世界を違えても、その想いをシンは捨てられなかった。
   約束を信じて待ち続けた長い年月が消え去るかのごとく───いや、その日々があったからこそ、なおいっそうかけがえな
  く思えた。
  「ジョミー……苦しいよ。少し力を緩めてくれないか」
   飽かずにブルーを抱き締め続けていたシンだったが、耳元で囁かれて我に返った。
   腕の力を緩めはしたが、離す気にはなれずにシンの手はブルーの肩に触れたままだった。
   そして同時に心に引っかかった事があった。
   シンを慕ってくれた、そしてシンが酷く傷つけた、あの少年はどうしてしまったのか?
  「あの子は……?」
   もう一人のブルーは消えてしまったのか。
   シンが青い瞳を覗きこめば、ブルーは苦く微笑んだ。
   ブルーは質問には答えずに、一度俯いて瞼を閉じた。
   そして瞼を開いて真っ直ぐにシンを見上げたブルーは、シンが思ってもいない言葉を口にした。
  「ジョミー。君を長い間、苦しめ続けてすまなかった……」
  「ブルー?」
  「いつも聴こえていたよ、君の声は」
  「何を……?」
   それは謝罪の言葉だった。
   彼は何を言っているのか。
   シンは何を言われているのか掴めずに、ただ彼の言葉に耳を傾けるしかなかった。


   長い長い時を経て、もう一度シンの隣に立つために再びの生をブルーは望んだ。
   そして試験管の中で命を得た後、人工羊水の中でたゆたいながら、ブルーは美しい地球の夢を見ていた。
   シンがブルーの存在に気づき、守ってくれているのにも気づいた。
   ブルーを想い続けてくれているシンの心を感じ、深い幸福感を感じていた。
   けれど同時に、人類はもちろんミュウさえも憎むシンの心も伝わって来た。
   ブルーとの約束のために、シンはミュウを見捨て続けていた。
   それがブルーには酷く悲しかった。
  「君はミュウの皆を愛し、そして皆に愛された存在だったのに───そんな君を変えてしまったのは僕だ」
   シンが心を閉ざすきっかけを作ったのは、間違いなくブルーの死だった。
   例えそうするしかシンやミュウを守れなかったとしても。
  「その事実が辛くて、僕はまた逃げてしまった」
   だから地球の夢を封印した。
   記憶を封じ、サイオンを封じて、深層心理の奥底に閉じこもってしまった。
   すまなそうにブルーは瞳を伏せた。
   けれどシンにはブルーが悲しむ理由が理解できなかった。
   ミュウを見捨てて罪を犯したというならそれはシンだけの罪で、ブルーには何の咎もないはずだった。
  「貴方が……何から逃げたというんですか?」
  「───戦いから」
  「戦い?」
   ブルーの言葉にシンは眉を寄せた。
  「逃げてなんかいないでしょう? 貴方はずっと、ミュウを守り続けて戦っていたじゃないか」
  「そう、僕がしていたのは“ミュウを守るため”の戦いだ」
   またブルーは顔を伏せた。
   しばらくためらった後、ブルーは意を決したようにシンを見上げて、そしてつぶやいた。
  「そして“地球へたどり着くため”の戦いをさせるために、君を選んだ……」
  「……!」
   ブルーの言葉にシンは驚いた。
   そんなシンに構わず、ブルーは言葉を続けた。
  「君を次代のソルジャーに選んだ事……それは間違ってはいなかった」
   消えゆく自分の代わりに選んだシン───ジョミー。
   ブルーを含めた他の誰もが持っていない強さを持つ、たった一人のミュウ。
   ジョミーにソルジャーを継がせて、ブルーは安堵した。
   地球を望む気持ちは消えなかったが、心残りはあったが、それでもすべてをジョミーに任せて安らかに逝けると思っていた。
   けれどジョミーをソルジャーに据えて、そしていつしか愛し合うようになり───少しずつ少しずつ、ブルーの苦悩は増して
  いった。
   それは罪悪感だった。
   人類から追われるミュウを守り戦いを繰り返す度に、その矢面に立つのはジョミーだった。
   そして戦いを終えて帰って来るジョミーは、無傷な時もあれば深い傷を負っている時もあった。
   ジョミーはどんな時もそれを一人で背負い、時には負傷した事自体をブルーに隠そうともした。
   ジョミーはとても心優しい若者だった。
   傷ついた身でなお、いつもブルーを案じてくれていた。心から想っていてくれた。
   それを感じる度に、そんなジョミーを戦いに追い立て、傷つけているのは他ならぬ自分なのだという事にブルーは苦しんだ。
  「君が傷つくのは人類との戦いでだったが……本当に傷つけているのは僕だったんだ」
   ジョミーを愛すれば愛するほど、大切に想えば想うほど、その後悔は深まっていった。
   そして100年前に人類からの大規模な攻撃を受けた時、どうしてもブルーはミュウを───そしてジョミーを死なせたくなかっ
  た。
   死なせてはいけないと思った。
   だから自らが命を落とすと分かっていても、守り抜いた。
  「君がどれだけ悲しもうと、僕はどうしても君を死なせたくなかった。けれどその結果が、君をどれだけ苦しめたか……」
   それはブルーの懺悔だった。
   ブルーの表情は酷く痛ましく、心から彼が悔いているのが分かった。
   シンは言葉もなく、ブルーの告白を聞いていた。
   ブルーは最後まで、人類と和解できる道を探っていた。
   その彼が心の奥底で、そんな事を考えていたなんてシンは知らなかった。
  「……それは、僕の力が足りなかったからだ」
   ようように、シンは絞り出すように言った。
  「それに僕は、貴方からソルジャーを継いだ事を、後悔した事なんか一度もない」
  「けれど僕は……戦わなければいけなかったんだ」
   ブルーは首を横に振った。
  「僕が人類と戦わなければいけなかった。本当に地球を望むのなら……」
   人類との共存の道を探り続けるうちに命の終わりを迎え、戦うことも地球へ辿り着く事もできなくなってしまった。
   けれど本当に地球を望むのなら、人類と戦ってでもその道を選ばなくてはいけなかった。
   シンにすべてを押し付けるのでなく、自分自身で戦わなければいけなかったのだ。
   けれどそう気づいた時には時すでに遅く、すべてを置き去りにするしかなかった。
   戦いを押しつけて、すべてを背負わせて、そして交わした約束でシンを縛った。
   ブルーの瞳はいつの間にか、涙で濡れていた。
  「すまなかった、ジョミー」
   繰り返し繰り返しブルーは詫びた。
  「僕が君をミュウに───この星に縛りつけた。君は誰よりも自由な存在だった筈なのに───」
  「そんな事はない!」
   ブルーの言葉をシンが遮った。
   もうブルーが自分を責める言葉など聞きたくはなかった。
  「僕が傷ついたのだとしたら、それは貴方を失った事だけだ!」
   シンは再びブルーを抱き締めた───。




いろいろと語りたい事はありますが、語るんじゃなくて書かなければなんですよね〜。
てな訳で続きます!


2009.9.23





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