exceeding thousand nights ・56



   シンの腕の中で、ブルーは痛いくらいの抱擁をその身に受けていた。
    たった一人で戦い続けてきたシン。
   今も服の下には傷を負った身体を隠し、そしてその心も───。
   これから告げる事は、もしかしたらさらにシンを傷つけるかもしれない。
   けれどそれでも、伝えなくてはいけない事があった。
   シンに触れられるのはこれが最後になるだろうと思いながら、ブルーはそっとその背中を抱き締め返した。
  『けれどもう間違えない』
   たくさんの過ちを犯したからこそ、今度こそ逃げてはいけなかった。
   ブルーはそっとシンの胸を押しやった。
   そしてシンを見上げて、意を決して言った。
  「その補聴器……記憶装置を、僕に貸してくれないか」
  「どうするんですか?」
   今のブルーは聴覚に支障はない。
   補聴器など必要ないはずだった。
  「いいから、貸してくれ」
   シンは訝しみながらも、自ら補聴器を外すとそれをブルーに手渡した。   
   元々はソルジャー・ブルーのものであり、その中の記憶もすべて彼のものだったからだ。
   ブルーは補聴器を手にしたまま、それを無言で見つめた。
  「…………」
  「ブルー……?」
   不思議に思ったシンがブルーを呼んだ。
   ブルーの返事はなかった。
   その代わりのように、ブルーの髪と瞳がまた銀色と真紅に変化した。
   そして身体が青いサイオンを一瞬纏ったのと同時に、ブルーの手の中の物が鋭い音とともに砕け散った。
   先ほどまで補聴器の形をしていたそれは、粉々になって暗い青の間の床の上に散らばり落ちた。
  「ブルー!?」
   平静なままのブルーとは対照的に、驚いたのはシンだった。
  「いったい何を……!?」
  「……もうこれは必要ないんです」
   ブルーはようやく、でもはっきりと口を開いた。
   変化したブルーの髪と瞳の色は、また元の金髪と青い瞳に戻っていた。
   ブルーは片手を自らの胸に当てて、自答するようにつぶやいた。
  「ソルジャー・ブルーはここにいます。……僕の胸の中に」
   最初に知ってしまった時は信じられなかった。そして認めたくなかった。
   けれど確かに、ブルーは生まれる前にソルジャー・ブルーとして生きていた。
   地球に憧れ、ミュウの皆を守り、そして次代のソルジャーにシンを見出した───ようやくそれを憶い出せたのだ。
  「でも……僕はやっぱり、ソルジャー・ブルーじゃない」
  「ブルー……?」
  「……ソルジャー……」
   驚くシンに、ブルーはそれを告げた。
   憶い出した記憶の中の過去のようにではなく、今まで呼んでいたようにシンを呼んだ。
  「ブルー……なのか?」
   シンの問いかけにブルーは答えず、ただ無言で悲しそうに微笑んだ。
   ソルジャー・ブルーとして300年以上生きた記憶のすべてを憶い出せた訳では無論ない。
   それでも今の生に比べればはるかに膨大な時間の記憶ではあったが、それでもそれはブルーの自我を押しつぶしはしな
  かった。
   ブルーはただ、かつてソルジャー・ブルーだった事を憶い出しただけ。
   その記憶を、ソルジャー・ブルーが死の間際まで悔いていた事を───彼の代わりに伝えたのだ。
   生きる者にとってすべての生は一度きりだ。死んだ者は戻らない。
   どんなにシンにとってそれが残酷でも、それが事実なのだ。
  「あの時サイオンが使えたのも……きっと僕の中のソルジャー・ブルーが、力を貸してくれたんだと思います」
   シンを、そしてミュウの皆を守れるように。
   今度こそ守り抜けるように、力を貸してくれたのだ。
   凍りついたように、シンはブルーを見つめていた。
   怒りもせず嘆きもせず、その翡翠色をした瞳はまるで信じられないようなものを見るような視線でブルーに注がれていた。
   ブルーはそれを当然だと思った。
   この腕も気持ちも、シンのすべてはソルジャー・ブルーに向けられている。
   シンが愛しているのはソルジャー・ブルーで、ブルーに優しくしてくれたのもソルジャー・ブルーの生まれ変わりだから。
   ある意味でシンの心の中にこそ、ソルジャー・ブルーはいるのだ。
   でも、それでも───。
  「それでも、僕は……ソルジャーが───」
   ブルーの瞳に熱いものが滲んだ。
   それは涙だった。
   でもブルーは泣くまいと必死でそれをこらえた。
  「僕はただのブルーだけど……ソルジャーが好きだと思いました」
   身体が震えてしまいそうになるのをこらえて、ブルーはシンに告げた。
   ソルジャー・ブルーと同じように、けれどブルーはブルー自身の気持ちでシンを想っていた。
   今でもやはり一度シンに対して持ってしまった恐怖心は、ブルーの中にあった。
   苦しくても傷ついても、それでもやはりシンを大切だと想う気持ちは消えなかった。
   人類からの攻撃を受けた時、シンに死んでほしくないと心から願った。
   シンの想いがソルジャー・ブルーにしか向けられていなくても───もうこれ以上、シンが苦しむ姿を見たくはなかった。
  「……だからソルジャー、もう自由になって下さい」
   苦しまないでほしいと思った。
   ソルジャー・ブルーの記憶にあるように、笑っていてほしいと思った。
   だからブルーは自らの決意をシンに伝えた。
  「ミュウに“ソルジャー”がどうしても必要だというなら、僕が……なります」
   力が足りなくてもそれでも、戦う事が必要なら戦いもする。
   そして必ず地球を目指す。
   そうすればすべての重荷からシンは解放されるだろう。自由になれるだろう。
   待たせ続けた、そして死なせてしまったミュウたちのためにも───それがきっとブルーの役割なのだ。
  「それが、ソルジャー・ブルーの願いでもあるんです」
  「───……」
  「そのために僕は生まれてきた」
   とうとうブルーの青い瞳から涙が零れた。
   透明な滴がすべらかな頬を伝って流れ落ちた。
  「だからソルジャー、思い出して下さい。ソルジャーがミュウの皆を愛していた事を……」
   青の間に僅かに震えるブルーの声が響いた。
   ブルーの想いを聞いても、その涙を見ても、シンは拭ってやることもできなかった。
   告げられた事実があまりにもショックで、動けなかった。
   沈黙に居たたまれなくなったブルーはシンに踵を返し、青の間から駆け出して行った。


   シンは何も、一言もブルーに返せなかった。
   たった一人残されたシンは、青の間の暗い床に砕け散ったままの、かつて補聴器だった破片たちを見つめていた───。




やっと、やっと書けました〜!
前回の55とこの56が、私がこの話で一番書きたかったシーンです。
ようやく書けて嬉しいですv

ぜひ上記のBGMにはAqua Timezの「千の夜をこえて」を流していただきたく…!
もしよろしければ歌詞だけでもチェックしていただきたく…↓。
(リンクを貼るならこのURLでとあったので、オッケーなのだと思うのですが)
チャ〜ララチャララ〜♪と、どうぞ皆様の脳内で流してやってください。
某アニメ映画の主題歌になっていたからご存知の方も多いかと思いますが、この話はずっとずーっと、この曲をイメージして書いていました。

そして前回で、シンが幸せになってよかったと喜んで下さった方には、大っ変申し訳ありません。
まだちょーっと、シンにはいろいろあります。


2009.9.27





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