exceeding thousand nights ・57
シンの命令の下、ミュウたちはシャングリラの修理を続けていた。
先の戦闘から二週間が過ぎていた。交代制で不休の修理を続けていたせいもあり、シャングリラは概ね元通りの優美
な姿を取り戻していた。
けれどその間、シン自身は青の間に閉じこもったまま出てくる気配がなかった。
思念波でどれだけ呼びかけても応答がない。通信回線も一方的に切られていた。
『ソルジャー、いったいどうされたのですか?』
『応えて下さい、ソルジャー!』
今日もハーレイや長老たち、リオが青の間の前に集いシンに呼びかけていたが、中からの返事はまったくなかった。
青の間の扉は固く閉ざされ、リオでさえも入室できなかった。
皆で一しきり呼びかけ続けても、今日もシンからの返事はなかった。
仕方なく皆は諦め顔で、青の間の前から退いた。
「いったいどうされたのでしょう、ソルジャーは……」
廊下を歩きながら、深いため息とともにエラがつぶやいた。
ハーレイやヒルマン、ブラウもまったく同じ思いだった。
足腰の弱ったゼルはこの場にはいなかったが、長老の一人としてこの事態にやはり気を揉んでいた。
リオは無言のまま、何事かを考え込んでいる様子だった。
皆がシンの身に何があったのかと案じていた。
ブルーは皆から一歩下がり、後をついて歩きながらそれを見守っていた。
シンが閉じこもってしまったのは、きっとブルーが原因だった。
ブルーは間違った事はしていないと思っていた。
けれどシンを傷つけたのも確かだった。
皆がシンを心配する気持ちは理解できたが、どう説明したらいいかも分からず、ブルーは口を噤んでいた。
シンの身を案じる長老たちからは、最近は不安も漏れるようになった。
「もしや先日の戦闘で負った傷が悪化されたのでは……?」
「ドクターの治療は受けていた筈ですが、その可能性も否定できませんな」
エラとヒルマンが推測を口にした。
「こんな時に人類からの攻撃をまた受けたら───」
ハーレイが眉を寄せながら、苦々しくつぶやいた。
それは船を預かる船長としては当たり前の心配だったが、ブルーは苦笑してしまった。
ブルーの苦笑いに目ざとく気づいたハーレイは、ブルーに問うてきた。
「何だね?」
「いえ……、心配性なところは変わらないんだなと思って」
「何……?」
ブルーの言葉に、ハーレイは驚いた。
まるで昔からハーレイを知っているような言葉に、エラもヒルマンもブラウも驚きながらブルーに視線を向けた。
リオもブルーを振り向いた。
ブルーは皆に向かって、はっきりと言った。
「何かあったら、今度は僕がシャングリラを守ります」
この二週間の間もそうしていた。
シンの補佐としての立場のままではあったが、精一杯ブルーもシャングリラの復旧にあたってきた。
幸い衛星軌道兵器を失った人類からの攻撃はなく、戦いに出る事はなかった。
けれど有事の際には、ブルーも戦う決心をもう固めていた。
ブルーの瞳に迷いはなかった。
その強い視線は、かつてミュウを守りぬいたソルジャー・ブルーを皆の胸に思い出させた。
「君は……いや、貴方は……」
今のブルーはプラチナブロンドに青い瞳をしているが、人類と戦った時、確かに銀髪に紅い瞳に変化していた。
まるで、かつてのソルジャー・ブルーそのままに。
もしや───とハーレイが言いかけたところで、背後からにぎやかな声が聞こえた。
「ブルー、ここにいたんだ」
声のした方にブルーが視線を向けると、ハーレイ達の背後からトォニィ達が走って来るのが見えた。
「トォニィ! アルテラ!」
ブルーもトォニィ達に駆け寄った。
トォニィとアルテラの後ろにはタキオンとタージオンもいて、ブルーは驚いた。
「二人とも、もうメディカル・ルームから出られたの?」
「ああ」
「怪我人で一杯だから、元気になったなら出て行けってドクターに追い出された」
素っ気ないタキオン、そしてタージオンの軽口も相変わらずだった。
タキオンは腕に、タージオンは頭にまだ包帯を巻いていたが、体調は良好なのでメディカル・ルームから出られたのだろ
う。
トォニィとアルテラも元気そうだった。
ブルーは皆の変わらない様子を見て、安心した。
そんなブルーの背に、ハーレイが声をかけてきた。
「ブルー、さっきの話を詳しく聞かせてくれないか。もしやソルジャー・ブルーの記憶が───」
「うるさいな!」
ハーレイの話を、トォニィが遮った。
「ブルーはこうしてここにいるんだから、それでいいだろ?」
「そうよ」
「そんな事にいつまでもこだわったって意味ないよなあ」
「兄さんの言う通り」
気づけばいつの間にか、ブルーとハーレイ達の間にトォニィたちが立ちはだかっていた。
まるでブルーを守るように。
「みんな……」
ブルーは驚きながら、四人の後ろ姿を見つめた。
少なくともこの四人の友達は、変わらずにブルーをブルーだと認めてくれているのだ。
「しかし、私たちも知っておかねばならない。何かあった時のためにも───」
「心配しなくたって、僕らがこの船を守ってやるよ」
なおも食い下がるハーレイに、トォニィは言った。
「もうグラン・パだけに戦わせるような事はしないから。なあ?」
「ええ!」
「もちろん」
「やられっ放しじゃ気が済まないしね」
トォニィの呼び掛けに、アルテラ、タキオン、タージオンが頼もしく応えた。
そう言われてしまえば、ハーレイ達も二の句が告げなかった。
「ブルー、昼食まだだろう? 一緒に食べよう」
「う、うん……」
ブルーはハーレイ達を気にしてはいたが、トォニィたちと連れ立って食堂へと行ってしまった。
そんな子供たちの後ろ姿を見送りながら───それまで無言だったリオが不意につぶやいた。
『……数日前、ブルーが教えてくれました』
何事かとハーレイ達がリオを見れば、ぎこちない笑顔のリオがいた。
『ソルジャー・ブルーの記憶を憶い出したと』
「それは……!」
「おお……!!」
ハーレイ、エラ、ヒルマン、そしてブラウも驚き、喜んだ。
その喜びに水を差すと知りながら、やはり伝えなければならないとリオは言葉を続けた。
『けれどやはり、ブルーは……ソルジャー・ブルーではないそうです』
残酷かもしれなかったが、ブルーに告げられたそのままをリオは伝えた。
案の定、ハーレイ達は皆、黙りこくってしまった。
きっと青の間のシンも同じような様子なのだろうと、リオは思った。
いや、シンの落胆は自分や長老たちの比ではないかもしれない。
確かにリオもショックを味わいはしたが、その反面安堵もしていた。
『でも……僕は思うんです。どんな形であれ、ソルジャー・ブルーは我々の元へ戻ってきてくれたのだと』
「リオ……」
ソルジャー・ブルーの復活を望んでいた筈なのに、リオはブルーの人格が消えずにいてくれた事を確かに喜んでいた。
あの少年が消えずにいてくれた事、ここにこうしていてくれる事に安堵していた。
そしてシンとともに待ち続けた長い年月───それも無駄とは思わない。
『すべてはこれからのために、必要だったのだと僕は思います』
リオのその言葉に、長老たちはしばし考え込んだ。
「私たちは、過去にばかりこだわっていたのかもしれないな」
「……そうかもしれないね」
沈黙の後、ハーレイのつぶやきにブラウが応じた。
エラもヒルマンも無言で頷いた。
そしてリオや長老たちのその思いは、シャングリラのミュウ達の間にも少しずつ広がっていった───。
ミュウがシンと子ブルの二人だけだったら、もっと楽だったかな?とか思いますが、やっぱりミュウの皆も放ってはおけないので。
子ブルとトォニィたちのやりとりは本当に書いてて楽しいですv
ある意味シンと子ブルのやりとりは考えながら書いたりもするので、こちらはとっても気楽に書いてます。
ちなみにブルーの髪と瞳は、サイオンを使っている時だけ銀髪と紅い瞳に変化します。
(紅い牙〜vv 私はソネットが好きでしたv)
2009.11.16
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