exceeding thousand nights ・58



   ブルーは天体の間を訪ね、フィシスと会っていた。
   久しぶりのブルーの来訪に、フィシスは静かな喜びを露わにした。
  「ようこそ、ブルー。よく訪ねて来てくれましたね」
  「お久しぶりです、フィシス」
   フィシスは盲目の瞳でブルーをじっと見つめてきた。
   しばらく会わない間に、ブルーはどこか大人び雰囲気をまとっていた。
   以前は自分の力の無さを恥じ、健気なほど必死になっていつもどこか張りつめたものを抱えていた。
   けれど今のブルーからはどこか落ち着きさえ感じた。
   青い瞳には凛とした強さが宿っていた。
  「フィシス……?」
   自分を見つめてくるフィシスを、ブルーは不思議そうな表情で見返した。
   ふと見せるそんなあどけない表情は、以前と変わらない少年のままだった。
  「……いえ、何でもありません」
   フィシスは微笑んで、ブルーを奥へと促した。
   すると天体の間の奥から、小さな影が走り出してきた。
  『ぶるー!』
  「レイン!」
   ブルーの胸に飛び込んできたのはレインだった。
   まるでフィシスに預けるような形になってしまっていたレインは、ブルーに抱きとめられて嬉しそうに尻尾を振った。
  『ぶるー、ぶるー!』
  「くすぐったいよ、レイン」
   ぺろぺろと頬を舐めてくるレインに、ブルーは弾けるような笑顔を見せた。
   椅子に座り向かい合い、一緒にお茶をしながらブルーはフィシスに様々な話をした。
   アタラクシアでの出来事、人類との戦い───憶い出したソルジャー・ブルーの記憶。
   そしてシンに自由に生きてほしいと告げた事。
   フィシスはブルーの話に静かに耳を傾けてくれた。
   会わなかったのは少しの時間であるというのに、その間に様々な出来事があった。
   ブルー自身、話す事で自分の気持ちを整理したかったのかもしれなかった。
   一つ変わったのは、フィシスを呼ぶブルーの心情だ。
   フィシスを呼び捨てにするのに以前はためらいを感じたのだが、今は不思議とそう呼べた。
   これもソルジャー・ブルーの記憶のせいかもしれなかった。
   ブルーの話を一通り聞き終えた後、フィシスはゆっくりと言葉を紡いだ。
  「様々な事があったのですね……ブルー」
  「───」
   ブルーは何と言ったらいいか分からず、言葉に詰まった。
   けれどフィシスに話を聞いてもらった事で、気持ちは少しだけ落ちついた。
   そのまま、天体の間にはしばらく沈黙が満ちた。
   レインはブルーの膝の上で、小さな身体をくるりと丸めていた。
   しばらくそんな時間が続いたが、不意にブルーの方から口を開いた。
  「そうだ……。フィシス、地球をまた見せてくれませんか」
  「それは……」
   ブルーに地球とソルジャー・ブルーの事を教えるのは、以前はシンから禁じられていた。
   今のブルーにとってはもう隠すまでもない事だが、一度ブルーが倒れた事があったためにフィシスはためらった。
   そんなフィシスの心配を察したのか、ブルーはにこりと笑って手を差し出した。
  「大丈夫」
  「ブルー……」
   フィシスはしばしためらう様子を見せたが、ゆっくりとブルーと手と手を絡めた。
   ブルーは以前一度だけ触れたフィシスの手を、懐かしいと感じた。
   そう感じるのはやはり、ソルジャー・ブルーの記憶のせいかもしれなかった。
   フィシスはすぐにブルーに心を開き、ブルーもフィシスに心を開いた。
   すぐに脳裏に流れ込んでくる映像。
   以前にも見せてもらった事のある広大な銀河系。
   そして青く澄んだ美しい地球───……。
  「……フィシスの見せてくれる地球は、やっぱり綺麗だね」
  「貴方こそ……」
   フィシスはうっとりとため息をついた。
   ブルーに自らの記憶を見せると同時に、フィシスはブルーの中にある地球の映像を見ていた。
   以前のブルーにはなかったもの。
   それはソルジャー・ブルーの記憶とともに、ブルーの中に蘇ったものだった。
   以前、フィシスの地球の映像を見せられてブルーが混乱したのは、向き合わなければいけない事から目を逸らしてい
  たから。
   罪を突き付けられたようだったから───。
   けれどブルーはすべて憶い出した。
   そして罪と向きあい、シンに伝えなければいけない事を伝え───残ったのは地球に対する変わりない憧れだった。
   ブルーの存在も、シャングリラの中で受け入れられつつあるようだった。
   もちろんすべてのミュウがソルジャー・ブルーの再来を待ち望んでいたので、落胆を感じた者が当初ほとんどだった。
   ただシャングリラを守ったブルーの存在を、認めてくれる者もあった。
   日々増えていくそれらを、ブルーは自らに寄せられる思念波で感じていた。
   けれどシンは、未だに青の間から出てくる気配を見せなかった。
   その事がブルーの表情を時折曇らせていた。
  「でも、結局僕は……ソルジャーやフィシスや、ミュウの皆が望むような形にはなれなかった」
  「いいえ、そんな事はありませんわ」
   繋いだ手を解き、ぽつりとブルーがこぼした言葉をフィシスは否定した。
  「確かに私たちは長い間、ソルジャー・ブルーを待っていました。そして貴方はソルジャー・ブルーとは違う……」
   フィシスはまるでタロットの託宣を告げるように、言葉を紡いだ。
   息をのんでそれを待つブルーに、フィシスは優しく微笑みかけた。
  「でも私は今ここに貴方がいてくれて、喜びを感じています」
  「フィシス……」
  「貴方とこうして共に過ごす事ができて、心からよかったと思いますわ」
   フィシスの言葉を聞いていたのか、ブルーの膝の上にちょこんといたレインを顔を上げた。
  『れいんモウレシイ。ぶるーガイッショ、ウレシイ』
  「レイン……」
   ブルーはレインの頭を撫でた。
   フィシスとレインが向けてくれる温かな思念波が、優しくブルーを包んだ。
   ───と、天体の間の入り口のカーテンの向こう───遠くからコツンと靴音がした。
   靴音は徐々に近づいて来ていた。
   天体の間に向かっているようであった。
   そして、カーテンが開かれた。
  「……!」
   入ってきた人物を見て、フィシスが声なき驚きの声を上げた。
   入口に背を向けて座っていたブルーは、一瞬遅れて振り返った。
   その人物の姿を見、ブルーも驚いた。
  「ソルジャー……!」
   天体の間の入り口に立っていた者───それはシンだった。




青の間、やっと御開帳です。


2010.1.5





              小説のページに戻る                次に進む