exceeding thousand nights ・61
シンが一人やって来たのは、地下にある鍾乳洞の入り口だった。
ようやく探し出したそれは、奇しくもシャングリラが長い年月を隠れ潜んでいたのと同じような地の底にあった。
明らかに人為的に作られた扉をくぐると、静かな闇に満ちた広い空間が広がっていた。
洞窟の天井や壁面は、様々な形状の鍾乳石や石柱、または岩で形作られていた。
かつて洞窟内を流れていただろう水流は途絶えて久しいのか、湿気は少なくただ冷え切った空気が空間を満たしていた。
シンが歩を進めて行く───と、突然洞窟内のあちこちから攻撃が加えられた。
レーザーはシールドで防ぎ、電撃はサイオンで弾いた。シンの代わりにそれらを浴びた岩は溶け、または砕けた。
シンは岩肌に埋め込むように設置された、攻撃を発する装置をサイオンで破壊した。爆発が鍾乳洞の暗闇を照らした。
その攻撃は人間の侵入者を排除するためには充分過ぎるものだった。
けれどタイプ・ブルーであるシンを倒すには至らなかった。
「……子供騙しだな」
攻撃を防ぎ、時に反撃しつつ先へ進み、そうして15分ほど歩いた頃───不意に攻撃が止んだ。
前方にそそり立つ岩の壁と壁の向こうから、薄らと光が射していた。
シンは躊躇わずにそこを抜けて、立ち止まった。
巨大な機械たちが、群れるように、また塊のようにそこにあった。
「……見つけたぞ」
それこそがシンの目的、テラズ・ナンバー5の本体だった。
シンがそれを破壊しようと一歩踏み出したその時、目の前の空間が突如ゆらりと歪んだ。
「よくぞここまで来ました、ミュウの長よ───」
「テラズ・ナンバー5……!」
鍾乳洞内の暗い空間に、異形の姿が浮かび上がった。
マシンボイス
かつて耳にした時と変わらぬ、女性を模した機械音声で、テラズ・ナンバー5の立体ホログラムが語りかけてきた。
「けれどここはお前ごときが来るべきところではない。戻りなさい」
「そうはいかない。僕はお前を破壊するためにここへ来たんだ」
「愚か者め……!」
冷静に話すシンに対し、テラズ・ナンバー5はまるで人間のように苛立った口調で話した。
「S・D体制は人類にとって必要不可欠なものなのです。それが何故分からないのですか」
「お前こそ何故分からない? 惑星アルテメシアは僕らミュウが制圧した。もうお前に存在価値はない」
「お黙りなさい!」
テラズ・ナンバー5は機械らしくなく激昂した。
「ミュウは秩序を乱す者───お前たちこそ存在してはならないのです!」
「お前たちに支配され管理される、そんな秩序なら必要ない!」
シンの身体が、サイオンを帯びた青白い光を纏った。
「S・D体制は終わらせる。地球のグランド・マザーも破壊する。……その手始めに、今ここでお前を消し去ってやる!」
ミュウの誕生も苦難も、S・D体制が生み出したものだった。
それを統括し維持するグランド・マザーと、直結するマザー機械たちと成人検査機。
人類を支配する機械こそが真に倒すべき相手なのだ。
そしてテラズ・ナンバー5がこの惑星アルテメシアを真に支配するものなら、ソルジャー・ブルーを死に追いやったのもこの機械だった。
シンの青いサイオンが、テラズ・ナンバー5に放たれた。
けれどその攻撃は、テラズ・ナンバー5に達する前に電磁シールドに跳ね返された。
「シールド……!?」
「無駄です。この聖域には何人であろうとも手出しする事はできません」
まるで嘲笑するようなテラズ・ナンバー5の声とともに、先ほどとは桁違いの雨のような攻撃がシンに襲いかかった。
それらをすべてサイオンで弾き、シンは攻撃に転じた。
「こんなシールドなど……!」
シンはサイオンをシールドの一か所に集めて叩きつけた。
テラズ・ナンバー5の作りだす電磁シールドは一瞬だけシンの攻撃を拡散させたが、シンはさらにサイオンを集めた。
「やめさない!!」
テラズ・ナンバー5の制止に構わずさらにサイオンをぶつけると、電磁シールドは破れ、さらに中にあった機械の一部をも破壊した。
爆発音とともに、テラズ・ナンバー5の叫び声が鍾乳洞内に響いた。
悲鳴めいた音声と同時に、それまで洞窟内に映し出されていたテラズ・ナンバー5の立体ホログラムがかき消えた。
それでも声だけが虚しく抵抗を続けた。
「消え……なさい! ミュウは、存在……しては、なりま……せん! 消えなさい……!!」
切れ切れに、まるで断末魔の悲鳴のように、テラズ・ナンバー5はミュウの排除を繰り返した。
「消えるのはお前だ!」
シンはさらに攻撃を加え、テラズ・ナンバー5をすべて破壊しようとした。
その時、物理的な攻撃とは異なる思念波エネルギーがシンに向かって放たれた。
「くっ……!!」
テラズ・ナンバー5の思念波攻撃は強力で、さしものシンも一瞬意識に衝撃を受けた。
眩暈を覚えたがシンはすぐに踏み止まり、テラズ・ナンバー5と対峙した。
「何をしようともう終わりだ……。今度こそお前を破壊する」
いつまでも戦いを長引かせるつもりはなかった。
テラズ・ナンバー5に引導を渡そうと、シンは掌にサイオンを集約させた。
その時、シンの目の前の空間が揺らめいた。
シンは何が起きても、テラズ・ナンバー5が何をしようとも、たじろぐ事はないと思っていた。
けれど目の前に現れた者を目にした瞬間、息を呑んだ。
「…………!!」
シンの目の前に現れたのは、ソルジャー・ブルーだった。
輝く銀色の髪。美しいという形容しか思い浮かばない整った顔に深紅の瞳。細身の体に銀色のソルジャー服を、そしてその背には
紫色のマントを纏っていた。
「ジョミー・マーキス・シン……」
ゆっくりとその唇が動き、ソルジャー・ブルーがシンの名前を呼んだ。
その優しい声もその姿も、シンの記憶にある通りだった。ソルジャー・ブルーそのものだった。
「ブルー……!」
呆然とシンはその名前を呼んだ。
応えるようにソルジャー・ブルーが片手をシンに差し出した。
けれどその手はシンに優しく触れるでなく、代わりに衝撃波が放たれた───。
同じ頃、ブルーはシャングリラの展望室で、アルテメシアの薄曇りの空を見つめていた。
肩に乗せたレインが、気遣わしげにブルーに問いかけてきた。
『ぶるー?』
「…………」
レインの呼び掛けにも答えずに、ブルーは考え込んでいた。
展望室の強化ガラス越しに見えるのは、澄み切った青空ではなかった。
それでもアタラクシアの地下で見た、暗いだけの岩肌はどこにもない。それだけでも感じる解放感は違った。
そろそろ夕刻になろうという時間を示すように、空は薄らと茜色を帯び始めていた。
けれど空を見つめるブルーの気持ちは晴れなかった。
結局、またシン一人を戦いに赴かせていた。
先日の戦いで負った怪我だって、きっとまだ癒えきっていない筈だった。
また自分は何もできないのか。シンにすべてを背負わせるしかないのか。
空を見ながら虚ろに過ごすブルーだったが、その時誰かの思念波が届いた。
『───……』
「!?」
掴もうと思った思念波は、一瞬で消えてしまった。
誰なのだろうとシャングリラ中を思念波で探っても、船内には何の異常も感じられなかった。
「……まさか……ソルジャー……?」
嫌な予感がした。
胸の奥がひどく騒いだ。
テラズ・ナンバー5が作り出す偽者については、ブルーか子ブルか、かーなーり迷いました。
というか最初はシンとテラズ・ナンバー5だけのガチンコ対決を考えていたのですが、そういえばアニテラで偽者が出てたっけと思い出しまして。
迷いに迷ったのですが、シンの心情を考えた結果、ブルーにしました。
子ブルにはちょっと可哀想な気もしますが、ブルーを忘れたらそれはもうシンじゃないでしょうから…ね。
2010.8.1
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