exceeding thousand nights ・63
テラズ・ナンバー5の消滅とともに、ユニヴァーサル・コンピュータのプロテクトは解除された。
そしてようやく切望していた地球の座標を手に入れ、シャングリラのミュウたちは喜びに沸き立っていた。
同じ頃───地下の鍾乳洞は対照的に静まり返っていた。
爆発で地下水の水脈に触れたのだろう、どこからか水が溢れ出し、清流となってシンの足元を流れた。
シンはブルーを抱えたまま、水流を避けて鍾乳洞の中を移動した。
水の及ばない場所を見つけ、ブルーの上半身を支えたまま地面に膝をつき、その身体を横たえさせた。
ブルーの意識はまだ戻らない。
血を流したままのブルーの傷の手当をすべく、その腕にシンは掌で触れた。
シンに治癒能力はないが、サイオンで止血するぐらいは可能だった。
シンがサイオンを使っていると、そうするうちにブルーの意識も戻った。
「……ソルジャー……?」
ブルーがうっすらと瞼を開くと、自分を見つめるシンの顔が目に入った。
同時に、ブルーは慌てて身体を起した。
「テラズ・ナンバー5は……っ!!」
いまだ傷は塞がり切っておらず、そのためにブルーは腕を押さえて呻いた。
シンはそんなブルーに冷静に告げた。
「テラズ・ナンバー5は破壊した。安心していい」
言いながら、シンはブルーの出血を止めるべくサイオンを使い続けた。
それに気づいたブルーは、僅かに腕を引きかけた。
「僕、自分で───」
「動かないで」
シンに制止され、ブルーは動きを止めた。
そして目の前のシンを、複雑な気持ちで見つめた。
先ほどまでブルーを見つめていたシンは、もうブルーを見はしなかった。
視線はブルーの腕の傷に注がれ、ブルーとは目を合わせようとはしなかった。
その代わりのように、シンがブルーに問いかけてきた。
「痛むかい?」
「平気、です」
その問いにブルーは気丈に答えた。
もちろん痛みがない訳ではなかったが、我慢できないものではなかった。
「……僕より、ソルジャーの方が酷い怪我です」
「僕は大した怪我じゃない」
「嘘です」
ブルーが言い返すと、シンは微かに苦笑した。
実際シンの方が深い傷を負ってはいたが出血は止まっており、痛みにも慣れているのか平然としていた。
しばらくしてブルーの出血も止まり、シンの手が傷から離れた。
「……ありがとうございます」
「シャングリラに戻ったらすぐにメディカル・ルームに行くように」
出血が止まっても、傷そのものが癒えた訳ではない。
シンがそう言うと、ブルーも必死で食い下がった。
「ソルジャーも行って下さい」
「考えておくよ」
「ソルジャー!」
シンは立ち上がり、ブルーもシンを追って立ち上がった。
腕の痛みは先ほどよりは薄らいでいた。
こんな風にシンと会話らしい会話をするのは、どれくらいぶりだろう。
なんだかひどく懐かしい気がした。
鍾乳洞の中を改めて見ると、破壊された機械が目に入った。
火花を散らし細い煙を上げ、残骸となったそれは先ほどまでテラズ・ナンバー5であったものだった。
それを目にしたブルーは、安心すると同時に落胆を味わっていた。
「僕は……また何も出来なかった」
「そんな事はない」
ブルーのつぶやきを傍らに立つシンが否定した。
「君は僕を守ってくれた。こんな怪我までして───」
言いながらシンの手がブルーの肩にそっと触れた。
驚いたブルーがシンを見上げると、シンの翡翠色の瞳と視線が合った。
しばらくの間、二人は見つめ合った。
先に動いたのはシンだった。ブルーの目の前でシンが屈んだかと思うと、ブルーの肩にその額を預けた。
「君が、無事でよかった───」
「ソルジャー……?」
頬にシンの金髪が触れるのを感じ、ブルーは戸惑った。
しばらくそうした後、ゆっくりと顔を上げたシンは静かな面をしていた。
微笑んでいながら泣いているような、形容しがたい表情をしていた。
「ブルー。……君は僕に、自由に生きろと言ってくれたね」
「……はい」
ブルーは突然のシンの言葉に、驚きながらも答えを返した。
真っ直ぐに見上げてくるブルーの瞳を見返しながら、シンははっきりと告げた。
「けれどそれは無理だ」
ずっと考えていた───迷っていた。
ソルジャー・ブルーへの想いはもうシン自身の一部になってしまっている。
妄愁じみてさえいるそれは、今のシンを形作っている核のようなものだった。
「僕は、ソルジャー以外の生き方はもう出来ない。ソルジャーとしてしか生きられない」
静かなシンの声にブルーは耳を傾けた。
「そして僕は、ソルジャー・ブルーを忘れられない……消せない」
シンの言葉を聞きながら、ブルーの胸は再び痛んだ。
分かってはいても、先ほどテラズ・ナンバー5の思念波攻撃でソルジャー・ブルーの姿を見せられていても、やはりシン自身の
口から聞くのは辛かった。
結局ブルーはシンのために、何の力にもなれないのだと思い知らされるだけだった。
俯きそうになる心を叱咤し、ブルーはそれでもシンの意思をすべて受け止めようと思った。
「……知っています」
「僕は君にたくさん酷い事をしたね……。すまなかった」
心も、身体も傷つけた。
ブルー自身を見ずに、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりとしてしか見ていなかった。
シンが謝るとブルーの瞳は一瞬揺れたが、すぐに首を横に振った。
「いいんです……。きっと……ソルジャーも、辛かった筈だから」
ソルジャー・ブルーの目覚めだけを待っていたシンにとって、ブルーに否定された事はどれだけショックだっただろう。
だから泣きそうになりながらも、ブルーは無理に笑顔を作った。
そんなブルーをシンは強いと思った。
そして、愛おしく思った。
ブルーに自由に生きてほしいと言われて悩み───答えも出ないまま青の間を出た後、初めてその姿を見た時に胸に感じた
のは愛おしさだった。
それはシンにとって、認め難いものだった。
近しく言葉を交わしてしまえば心が揺れてしまいそうだったから、極力接触も避けた。
ただ傷つけたくなかったから、人類との戦闘に出すのは禁じた。
ブルーがそんなシンの態度に戸惑っているのは分かっていたが、シンも自分自身の矛盾をどうする事もできなかった。
けれど先ほど、ようやく自覚した。
ブルーが傷ついて倒れた時、咄嗟にシンは偽者のソルジャー・ブルーの手にかかるよりも、ブルーを守る事を選んだ。
そう想った心こそが、すべての答えだった。
シンはブルーと視線を合わせた。
涙を滲ませたままの瞳を見ながら、はっきりと告げた。
「それでも、君を好きになってもいいかい……?」
「ソルジャー……!」
シンの告白に、ブルーは驚いた。
それは夢にも思っていなかった事だった。
けれどブルーを見つめるシンの瞳は揺るがない。
それまで堪えていた涙が、ブルーの瞳から零れた。
「ソル───……」
ブルーはシンの名を呼ぼうとしたが、溢れてくる涙にそれは叶わなかった。
ただただ、ブルーは泣き続けた。
そんなブルーに腕を回しシンが抱きしめると、ブルーは一瞬身を固くしたが、恐る恐るといった風にシンを抱き返してきた。
シンが付けていた記憶装置はもうない。
戒めるものはもう何もないのだ。
「君が好きだ」
ブルーと抱き合いながら、腕の中にこの温もりがある事に、この命が生まれてきてくれた事にシンは心から感謝していた───。
書けました…。
やっとここまで書けました〜!
55、56と同じく、この63がこの話で私が一番書きたかったシーンです。
(一番がいくつあるのかというツッコミはナシでお願いします)
この話を書いてる途中、いろんな方から「子ブルを幸せにして下さい」とのお言葉をいただきました。
(嬉しかったです。ありがとうございましたv)
もちろんそのつもりだったのですが、そう返事をするとある意味ネタバレになるので、いつも「私なりに考えた幸せを書く予定ですが、微妙な形なので、できるなら幸せととってただけたら嬉しいです」とお返事していました。
だってシンってば結局、ブルーも好き、でも子ブルも好きって事ですからね。
許せない方は許せないかもしれません。
シンの気持ちがそうなるべく長々書いてきたつもりですが、はたしてきちんと書けたかどうか…そして読んで下さった方がどう思われたか。
幸せととっていただけたらと願うばかりです。
でも本当はね、本当は最初からネタバレはしてたんです。
だってこの小説は最初から、「シンブル小説」じゃなくて「シン子ブル小説」って明記してましたから(^^)
2010.8.16
小説のページに戻る 次に進む